韓国日記(その4)

2004年5月19日(第4日目)

ソウル駅へ行き、都羅山駅までの切符を求める。しかし渡された切符は臨津江になっている。京元線の営業区間はあくまで臨津江駅までなのだろうか。発車まで時間があるので、駅前の食堂でコンナムルクッパを食べる。

都羅山駅 列車はソウルの市街地を北西に向かって走る。新興住宅地で高層アパートが建ち並んでいる。KTXの真新しい列車基地もある。30分も走ると高層アパートもなくなってきた。ソウルを発車して1時間20分で臨津江駅に到着する。ここで全員一旦列車をおりて、都羅山へ行く手続きをしなければならないらしい。受付にパスポートを提示して、パンフレットを貰う。その間に列車はホームを少し進んで、有刺鉄線の向こう側へ。手続きを済ませて再び列車に乗り込む。新しい線路をゆっくりと列車は進み、臨津江を渡る。川沿いに有刺鉄線が張られている。今まで一般人は入れなかった、民間人統制区域の中にいる。有刺鉄線のなかを暫く走って都羅山駅に到着する。

列車を降りて、改札口で切符を渡す。臨津江駅までの切符でもなんなく通過できた。代わりに入境証を渡される。この駅は軍の管理下にあるようだ。(当然ですね)他の人たちは、駅前に待機していたバスに乗って有刺鉄線の向こうに消えていった。DMZへ行くツアーがあるみたいだ。臨津江駅で申し込めば行けたかもしれない。見渡せば有刺鉄線を越えて高速道路を建設中だ。いくつも有刺鉄線があって、どれが軍事境界線かわからないが、向こうの方は北朝鮮に間違いない。駅の周辺には何もなく、どこかへ行くということもできない。おまけに時々憲兵もやってくる。駅舎の写真だけ撮って待合室に戻る。展示物を見たりして時間をつぶす。改札口にも憲兵が立っている。観光の外国人客が一緒に写真を撮っている。平壌方面と乗り場案内が出ている。切符売り場もあるけれど、乗車券は販売していないらしい。観光記念のような入場券(のりものの切符(海外編)参照)を買い求める。

駅名標 帰りの列車の改札が始まった。改札と言っても、乗車券を販売していないので、改札口で入境証を返却するだけだが。ホームに出ると大きな駅名標が立っている。平壌まで205km、ソウルまで56kmとなっている。ソウルまでの距離に比べると、平壌は意外なほど近い。いつかここを列車で越えられる日が来ることを祈りつつ、都羅山駅をあとにする。

再び臨津江を渡る。帰りの手続きは不要らしく列車はすぐに発車する。有刺鉄線がなくなり、車内の緊張も解けたような感じがする。時間は既に午後1時を過ぎていて、お腹が空いてきた。まだソウル駅まで1時間20分かかる。朝通ったところを戻るだけなので、余計に長く感じられる。やっと新村まで戻ってきた。ソウル駅まで戻らずに新村駅で下車する。乗車券を持っていないので、出口で「都羅山から」と言って運賃を払う。出札窓口へ戻って、記念の入場券を買い求める。窓口氏が何時の列車か尋ねるので、「訪問記念」と答える。実際に使うわけではなく、この駅に降りたという記念だけなので、何時の列車でも構わない。ここも自動改札機はないのに、新様式の磁気券になっている。KTXの開業にあわせて、発券端末を全て新しくしたようだ。

地下鉄新村駅の方へ歩いていく。お昼ご飯をどこかで食べようと思うのだが、焼肉屋とカフェばかりが目に付く。しかし昼間から焼肉は食べたくない。そうしている内に新村ロータリーまで来てしまった。そうだ、現代(ヒョンデ)デパートの食堂街へ行ってみよう。食堂街をあちこち覗いているうちに米の飯が食べたくなって、石焼ビビンバを食べる。

まだ旅館に戻るには早いので、仁寺洞へ行ってみようと思う。新村駅から地下鉄に乗って、乙支路3街駅で降りる。(注:仁寺洞への最寄り駅は安国駅)道路工事で埃っぽい清渓川路を越えて、仁寺洞へ。通りの両側にはアンティークショップや伝統茶房、ブティックなどが並んでいる。店先に古銭をお盆にのせて出してあるのを発見、早速物色してみる。店先に出してあるくらいだから、お宝発見とはいかないが、何か珍しいものでも見つかるかもしれない。韓国の記念硬貨を2種類発見したので、記念に買い求める。もっと丹念に探せば他にも見つかるかもしれないが、またの機会にとっておこう。通りを一往復して、途中で夕食を食べて旅館に戻る。

旅館に帰って明日の行動を考える。時刻表をあちこち見ていると水安堡温泉を発見した。バスは1時間ごとにあるようだし、釜山へ行くバスも少ないけれどあるようだ。明日は温泉でゆっくりして、釜山へ出ることにする。



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2005-9-15 作成
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